2013年11月3日日曜日

普及論からデザインプロジェクトのイノベーションを評価

今回の記事は留学とは関係ありません。

SDM研究科で行われたデザインプロジェクト。最終発表では,教員,学生による相互評価が行われました。具体的な評価項目は割愛させていただきますが,今回は前期にSDM特別講義として行われた濱口秀司氏の講義内容を基に,評価が行われました。

最終発表での評価は,濱口氏が講義で語ったイノベーションの定義に基づき,各グループの案が「いかにイノベーティブであるか」ということを測定するために,行われました。

これはこれで良いのですが,一方で今年のデザインプロジェクトでは,各グループが,プロポーザルへの提案を本気で実現してほしい,という思いを強く持って最終発表を行いました。私のグループもそれを強く想定しており,結局のところいくらイノベーションと言ったところで机上の空論になっては意味が無い,実行されて初めてイノベーションとなるのだ,という認識は,今年度の修士1年生の間では暗黙の了解となっていたところであろうと思います。


では,イノベーションはどういうものであれば,実行に移しやすいのか。

ここでヒントとなるものとして今回紹介したいのが Rogers, E. (1995) Diffusion of Innovations. (4th ed.). New York, NY: The Free Press. で述べられている,イノベーション普及の速度を規定する5つの特性です。

Rogers は,イノベーションがどのように組織や社会に普及していくか,ということを示したことで有名な人。Diffusion of Innovations の初版は1962年で,イノベーション採用者をその時期に応じて Innovators, Early Adopters, Early Majority, Late Majority, Laggards と分類した採用曲線は,学部でマーケティングやメディア論なんかをかじったことがある方なら,必ず目にしているはずです。(概要についてはこちらのページをご覧ください)


その Rogres が1995年に発表した Diffusion of Innovations の第4版で示したのが,イノベーション普及の速度を規定する5つの特性です。読んで字の如く,イノベーションが組織や人々に受け入れられやすいかどうか,それを以下の5つの特性が決定するというものです。

①Relative advantage(相対的有利性):イノベーションが「それに取って代わるアイディア=代替案より良いものである」と知覚される程度
②Compatibility(両立性):イノベーションが,潜在的採用者の現在の価値,規範や過去の経験,ならびに組織的,社会的システムと一致していると知覚される程度
③Complexity(複雑性):イノベーションを理解したり,使用したりすることが困難だと思われる程度
④Trialability(試行可能性):イノベーションを部分的に,実験したり,導入したりすることのできる程度
⑤Observability(観察可能性):イノベーションの成果が目に見えたり,測定できたりする程度

吉田(2012, p.27)を基に作成。

なるほど,と納得するものばかり。この中で,相対的有利性,両立性,試行可能性,観察可能性が大きく,複雑性が小さいと知覚されるイノベーションほど,より速く普及する,即ち組織や社会に適用されやすいと言うことができるわけです。

この Rogers のフレームワークは,マーケティングや社会学,一部ではあるものの管理会計学でも用いられています。要するに,学術的には評価されているということです。


では,試しにこれを用いて,私のグループの提案を,評価してみましょう。

私たちの課題は「山陽地方のある地区において,造船会社が所有する10台の電気自動車(EV)をどう活用するか」というものでした。それに対して私たちのグループが示した提案は,「幼稚園から老人まで,地域の様々なイベントにEVを登場させて,地域住民へのEVの浸透を図る」というものです。具体的には屋台とか避難訓練での活用,高齢者の送迎利用等々で,最終発表では全体のコンセプトはともかく,具体案のウケはあまりよくありませんでした(苦笑)

さて。これを上記の Rogers のフレームワークで,評価してみます。(括弧内はイノベーションの普及が容易な状態)


①相対的有利性:高(高)

プロポーザーの造船会社さんの話では,現在は社員の通勤時にEVを利用してもらっているものの,それ以外の活用法はあまり考えられていない,というお話でした。少なくともコンセプト的には一定の評価をいただいたのが我々の提案でしたので,相対的有利性は高いと言えます。


②両立性:低(高)

私たちグループが中途で実施した社員へのインタビュー調査の中では「我々は造船会社だから,造船の事しかできない」という旨の声が聞かれました。グループ企業では多彩な事業を展開しているとはいえ,造船会社という文脈からは,こういった新規事業はやや唐突なものと捉えられるきらいがあるかもしれません。また具体案が評価を受けなかったということは,ユーザーとなる地域住民への価値が,今ひとつ提示しきれていないということ。それだけ過去の経験等からすれば,まだ強引なアイディアであるという感は否めません。よって両立性は低いと言えます。


③複雑性:低(低)

少なくともコンセプト部分については,最終発表でも私たちの意図したとおりに,聴衆に伝わっていました。またこれは試行可能性の部分にも直結することですが,EVをイベントで利用すること自体は,非常にシンプルであり,技術的にもやろうと思えば可能です。よって複雑性は低いと言えます。


④試行可能性:高(高)

単発のイベントでEVを利用することは,やろうとさえ思えばすぐにでもできる事です。これに関しては,既存の技術等に手を加えなくてもできるものがあるということで,試行可能性は高いと言えます。


⑤観察可能性:低(高)

成果の測定は,非常に難しいです。まず短期的に結果が出るものではないし,数値での測定も不可能に近い。やるとすれば住民へのアンケート等ですが,これはなかなかハードルが高いものです。将来的には地域のEV利用台数等によって測定できるかもしれませんが,それとて年数がかかること。以上の点から,観察可能性は低いと言えます。



さて,上記の結果をまとめると

①相対的有利性:高(高)
②両立性:低(高)
③複雑性:低(低)
④試行可能性:高(高)
⑤観察可能性:低(高)

ということになり,我々の提案はイノベーション普及の速度を規定する5つの特性のうち,3つを満たしているという結果となりました。


どうでしょう?個々の内容についてはともかく,こうして総体としてまとめてみると,イノベーションが果たして本当に実行可能かどうか,論理的な評価が可能となります。

今年のデザインプロジェクトは,授業としては終了した後も,本当に提案を実行に移すべく,プロポーザーさんとの話し合いを進めているグループも多いと思います。真に提案を実行してもらうために,この Rogers の普及論の観点から,各提案内容を見直してみるというのも,一考する価値があるのではないでしょうか。

イノベーション,イノベーションと口で言うのは簡単ですが,私がSDM研究科でここまで過ごしてきた経験として,それを論理的,特に学術的に体系だった論理から語ることは,ともすれば忘れがちになってしまうし,また難しいものであると感じています。Rogers のフレームワークは,上述したとおり社会学やマーケティングの世界で広く適用されているものです。こういった視点が加わることで,ふわっとしたイノベーションの案が実体を持ち,論理的な裏付けをもって評価することができるという点で,非常に有効であると言えます。


…え?なぜ最終レポート提出も終わった時期に,こんな記事を書いたかって?それは,過去に一度読んだ本に普及論のことが書かれていたにもかかわらず,それをすっかり忘れてしまっていて,その本を読み返しようやく思い出したから,書いたんですよ。勉強不足ですね…



参考文献
Rogers, E. (1995) Diffusion of Innovations. (4th ed.). New York, NY: The Free Press.
吉田栄介(2012)『原価企画能力のダイナミズム』中央経済社。

※なお Diffusion of Innovations. については,2003年に第5版が出ており,そちらが最新版のようです。



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