2013年10月28日月曜日

留学35日目~大学院修士課程での学習・研究方法についての一考察 -慶應義塾とミラノ工科大の比較より-~

なんかタイトルが論文っぽくなりましたが,文体等が特に変わるわけではありません(笑)

イタリアに着いてから,はや5週間が経過しました。こちらでのアクテビティについてはFacebookに随時投稿していますので,今回は授業と修士研究との兼ね合いという,少々アカデミックなトピックについて,書いて参ります。長い記事ですが,ご容赦を。


この記事では,修士課程における学習,および研究の進め方について,考えてみたいと思います。

私は理系の大学院には疎いのですが,SDM研究科は文理融合型,また私の出身である商学部の上位にある商学研究科は文系の大学院ですので,概ねそれについては把握しているという前提で話を進めさせていただきます。またミラノ工科大学で現在在籍しているのは Management Engineering コースで,これは基本的に日本でいう文系学科と言えるでしょうが,一方で理工学部管理工学科の修士学生がダブルディグリープログラムで同じく在籍しているので,日本でいう一部理系学科の要素も包含していると言って差し支えないでしょう。

また文系大学院といっても,この記事においては,法科大学院や会計大学院などの専門職大学院は,この限りではありません。

今回比較する慶應義塾大学大学院SDM研究科とミラノ工科大学のマネジメント・エンジニアリングコースは,単位を取得し修士論文を提出して修了する,という基本的なストラクチャーは共通しています。これらをベンチマークとして日本,ヨーロッパという広い括りで一概に論じてしまうことは,サンプル数の少なさにより適切ではありませんが,修士課程の学生がどのように学び,研究を進めていくかという点では,ケーススタディーとして有意義な比較ができると考えています。


【慶應義塾(日本)の場合】
日本の大学院…といっても学校によるでしょうが,こと慶應義塾の大学院の場合,授業それぞれの負担はそれほどでもありません。これは学部とあまり変わらないのかな?

半期の授業は,90分×15回分の内容で構成されています。SDM研究科のリサーチインテンシブコースの場合,これを必修以外で8コマほど履修しなければなりません。それに加えて幾つかの必修科目と,デザインプロジェクトという少し特殊な科目をこなしていくことになります。

これら授業一つ一つは,もちろん課題などは出ますが,授業の時間が短いこともあり,とても厳しいというわけではありません。新卒学生の場合,必修に加えてこの卒業要件となる8授業16単位を,1年前期のうちに取得してしまう事も,珍しくありません。また単位を落とすという話も,無いことはありませんが,基本的に授業に出席して課題を提出しさえしていれば,まずあり得ない事です。デザインプロジェクトはグループの裁量によってワークの時間が決まるため,少し負荷がかかりますが,言ってしまえばそれも半年で一区切りつくのですから,これすらも私に言わせれば,単体で見れば大したことはありません。よっぽど特殊な事情でもなければ,これも単位が来ます。評点はともかくとして。

もちろんこれら修了に必要な単位を取り終えてからも授業を履修する人も多いですが,上述したようにその負担はそこまで重いわけではありません。社会人学生の方などは話が別でしょうが,新卒学生に限って言えば,修士研究に向けて専門的な知識を身に付けること,それに時間を割くことは,多くの割合が学生個人の裁量に委ねられています。SDM研究科は社会人学生が多いという事情もありこのようになっているのでしょうが,この「授業の負担は軽く,学習や研究の裁量は多く」という傾向は,他の文系の研究大学院においても,概ね同様であると言えるでしょう。

これは学生が各々の学習及び研究をフレキシブルに行う事ができるというメリットがあり,SDMでいう横断型ラボや外部とのプロジェクト等,付加的な活動にも時間を割く事も可能です。逆に言うとその分,裁量の多さに甘えて「やらない学生」が出てくる余地を残しているという事になります。


【ミラノ工科大学(イタリア)の場合】
こちらはまず授業の時間が違います。1回の授業は4時間(休み時間込),それが週2回です。つまりひとつの授業を履修すると,基本的には週に8時間の出席が必要となります。そのため,半期で履修できる科目は,多くて4つといったところです。

この週8時間の出席が求められる授業の単位=ECTS(European Credit Transfer System)は,10.0です。2年間で修了する場合,120のクレジットが必要となります。ゼミをはじめ,クレジットが5.0という授業もあるので,修士2年で4学期あるとはいえ,3学期目くらいまではがっつり授業を履修することになり,その上で修士論文を提出する必要があります。

授業の負荷はまちまちですが,私が履修しているクラスのひとつは,最終試験がオーラル(口頭諮問)であり,これは日本ではあまり聞いたことがない形式です。これは特に難しい科目らしいですが,他の科目を見ていても,一度の授業でスライドが40枚くらいあるものも,珍しくないようです。

ここまで読んでいるとお分かりいただけると思いますが,このような授業ひとつひとつの負荷がそれなりに重く,また多くの単位を必要とする大学院は,ある程度の「詰め込み」を授業によって行うことを前提としているカリキュラムと言えるでしょう。また試験も厳しい科目は厳しく,例えば上述した口頭諮問の科目などは,単位取得のハードルがかなり高いと聞きます。

そのため,授業を履修し単位を取得するという一連の過程を通じて,確実に知識の量という点において,多くを得ることができます。しかしその分,修士研究への取り掛かりは遅くなり,また例えば定量的な社会調査を行うなど,研究としての価値を上げる取り組みに割ける時間は少なくなる上,そういった研究ができる土壌もあまり無いようです。指導教授との結びつきも,日本の大学院ほど強くありません。


【異なるアプローチのメリットを生かす必要】
日本においては,初等から中等教育にかけての詰め込み教育が批判されてきたという過去があります。また昨今は,大学の学部生の学習について,たびたびその在り方を問う報道がなされています。そういった意味では,ミラノ工科大学の事例の場合,日本の慶應義塾とは逆の方針,現象が見出せるのは,興味深い事例と言えるでしょう。

慶應義塾の場合,SDMには小部屋という自習スペースがあり,特に修士2年になるとそれを活用して各々が研究を進めることができます。三田キャンパスの文系研究科も,キャレルという施設があり,各々の学生が自分のスペースを確保しています。このような設備は,ミラノ工科大にはありません。こういったことも,それぞれの特徴を表している一つの現象と言えます。

さて,このような正反対のアプローチを比較したとき,それぞれのメリット・デメリットがある事は,既に述べました。私なりにこれをまとめるとすれば,「日本のアプローチの方が大いなる研究への可能性を秘めている。但し研鑽を積まなければ価値が生まれる保証は無い。」という事になります。

当たり前ですが,大学院レベルで詰め込み教育を行えば,一定レベルにあるジェネラルな知識は,多く身に付きます。学生もそれに対する努力は惜しみませんし,強いられます。但しそれによって,こと研究を行うという視点から見れば,必要以上に時間を取られ,また専門的,裁量的な学習と研究を行う時間を奪われているという側面があります。

個人の裁量に委ねられる比率が多い大学院の場合,人によっては修士の2年間を「こなす」だけになってしまう可能性は,否めません。人間色々なタイプがあるわけで,一定数の学生がこうなってしまうことは,残念ながら避けようがありません。但し,もしきちんと自己の裁量のもとで自らに真に必要な知識を見極め,それを身に付け,多くの時間を研究に割けば,より高いレベルの研究を行い,良い成果を出せる可能性が高くなります。

世の中,すべてにおいて完璧なシステムというのは,そうそう簡単に存在するわけではありません。このように,自らが置かれている環境,そしてそのアプローチの特性を把握し,その上でそのメリットを最大限に生かし,デメリットを克服していくことが,学生ひとりひとりには求められます。同時に教員の側も,そういったことを積極的に学生へ伝えていく必要があるでしょう。


修士学生としての日々の送り方については,4,5月ごろにも幾つか記事を書きました。今回の記事も,そこで私が記した主張との一貫性を見出すことが,できると思います。




写真は,今年の1月に撮影した深夜の三田キャンパス。寒い中,深夜まで勉強して大学を後にするのは,個人的になかなか好きでした(笑)

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